歴史新聞紙

新聞紙の大きさはどうして決まった?

新聞紙の大きさはどうして決まった?

日頃、何気なく手にとっている新聞紙の大きさを気になさったことのある方は、いったいどのくらいいらっしゃるでしょうか。そういえば、どの新聞も同じ紙の大きさですよね?国内で一般的に使われているA判(A0~A6ほか)、B判(B0~B5ほか)とも違う大きさです。これは、いつ、どのように決められたものなのでしょうか。

 

 

新聞紙が現在の大きさになったのは、明治23年(1890年)に東京朝日新聞(現在の朝日新聞東京本社版の前身)がフランスから導入した高速輪転機のためと言われています。輪転機とは、ロール状の用紙にインクをつけたドラム型の版で印刷していく機械です。ドラマのワンシーンなどで、世間を揺るがすニュースの際、印刷されたロール状の用紙が高速で動いていて、1面の見出しがかぶさるように回転しながら表示されるイメージカットを目にした方も多いのではないでしょうか。ちなみに、家庭用プリンタのように、既にカットされている用紙に印刷する機械は枚葉機といいます。ちなみに、茨城県では、朝日新聞を日経新聞の工場で印刷しているのをご存知ですか?他にも、埼玉県や群馬県では産経新聞を読売新聞社で印刷しています。余っている設備を活用した、こうした新聞各社間での受託印刷は、最近では珍しくなくなりました。

 

 

朝刊などに使われている大きさは「ブランケット判」といいます。天地545mm×左右812mmです。A1サイズ(594×841)に似ていますね。これに対して、夕刊フジ、日刊ゲンダイなどの夕刊紙サイズは「タブロイド判」といいます。天地406mm×左右546mm と、ブランケット判の半分の大きさです。これは、帰宅時に電車の中で読みやすいようにという思いで企画されたサイズとのことですが、スマホ全盛期の現代では、新聞を電車で広げて読むオジサンはすっかり見かけなくなりました。

 

 

またもや余談ですが、夕刊フジは産経新聞社、日刊ゲンダイは講談社系の出版社である株式会社日刊現代が発行しています。なので、夕刊フジは新聞、日刊ゲンダイは雑誌なのです。似ているようで違う、まるで、I.W.ハーパーはバーボン、ジャックダニエルはテネシーウイスキーと言っているような話です。。

 

 

紙のサイズの話に戻って、A判とB判はなぜ、両方あるのでしょう?A判は国際規格サイズで、ドイツの物理学者オズワルドさんが提案しました。面積が1平方メートルとなるルート長方形(841mm×1189mm)をA0とし、以降、その2つ折りサイズを規格化したものになります。一方、B判は日本の美濃紙をもとにした国内規格サイズで、こちらは面積が1.5平方メートルのルート長方形(1030mm×1456mm)をB0としています。どちらも白銀比と呼ばれる長方形で、長辺を半分にしていけばどこまで半分にしても同じ形という特徴があります。確かに、この方が歩留まりがよく、無駄がなくて良いですね。国際的には短辺を1000mmとしたB判が使われていて、日本のB判はJIS B判と言われることもあります。

 

 

普段何気なく使っている紙にも、以外な歴史があるものです。新聞を毎日配達する側も、その新聞を読む側も、時には新聞と新聞紙サイズの歴史を思い出しながら接してくれればと思います。日刊新聞が日本で発行され始めて約150年の月日が経ちます。150年前とは全ての面で進化した現代、この先新聞と新聞紙がどのような形になっていくのか注目していきましょう。